肘内障(うでをうごかさない)

別名: 橈骨頭亜脱臼、nursemaid's elbow、子守の肘、輪状靭帯損傷

豊田 弘邦

この記事の監修医師

豊田 弘邦

日本内科学会認定総合内科専門医

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肘内障(ちゅうないしょう)

この状態について

肘内障は、小さなお子さまの手や手首が急に引っ張られたときに、肘の関節にある輪状靭帯(りんじょうじんたい)という靭帯の一部が骨の間にはさまってしまう外傷です。「橈骨頭亜脱臼(とうこつとうあだっきゅう)」とも呼ばれ、英語圏では親が子どもの手を引っ張る動作に由来して「nursemaid's elbow(子守の肘)」と呼ばれています。

この病気は、おもに1〜4歳のお子さまに起こります。全体の8割以上が2〜3歳前後に集中しておこります。女児にやや多く、左腕のほうがよくみられます。生後6か月未満のお子さまや、まれに11歳ごろまで発症することもあります。

5歳を過ぎると輪状靭帯が丈夫になるため、自然と起こりにくくなります。治療は外来で行える簡単な整復(せいふく)で、多くの場合は数分以内に元どおり腕が動くようになります。後遺症が残ることはほとんどありません。

主な症状

肘内障の症状は、手や手首を引っ張られた直後から始まります。お子さまの年齢的に痛みをうまく言葉で訴えられないことが多く、「腕を動かさない」ことが最初のサインになります。

  • 腕をだらりと下げて動かさない — 最も特徴的な症状です。受傷した側の腕を体の横にぶら下げたまま、使おうとしません
  • 特徴的な姿勢 — 肘をまっすぐ伸ばすか少し曲げ、前腕は手のひらが下を向いた状態(回内位)で保持します
  • 肘を動かそうとすると痛がる — じっとしている間は比較的落ち着いていますが、動かそうとすると強く泣きます
  • 手のひらを上に向けると痛がる — 前腕を回外させる動きで特に痛みが強くなります
  • 手首や腕全体の痛みを訴えることがある — 言葉で訴えられるお子さまでは、肘ではなく手首や腕の痛みと表現することもあります

お子さまが腕を動かさなくなったら、無理に動かしたり伸ばしたりしないでください。以下のような症状がある場合は、肘内障ではなく骨折など別の病気の可能性があります。速やかに受診してください。

以下のような場合は、骨折の可能性があります。すぐに受診してください。
- 肘や腕にはっきりとした腫れがある
- 押すと特定の骨の部分を痛がる(圧痛)
- 腕や肘の変形がみられる
- 皮下出血(あざ)が広がっている
- 指先が冷たい、色が悪い、しびれを訴える
- 高いところから落ちた、強くぶつけたなど大きな外力が加わった

原因

肘内障は、肘の関節にある輪状靭帯が橈骨(とうこつ)の頭にひっかかることで起こります。

発症のしくみ

肘の関節は、上腕の骨である「上腕骨(じょうわんこつ)」と、前腕にある「橈骨」「尺骨(しゃっこつ)」の3本の骨で作られています。橈骨の頭(橈骨頭)は、輪状靭帯という輪のような靭帯に囲まれて固定されています。

お子さまの肘を伸ばした状態で、手のひらを下に向けたまま手や手首を急に強く引っ張ると、橈骨が引き抜かれるような力が加わります。このとき、輪状靭帯の一部が橈骨頭を乗り越えて、関節のすき間にはさまりこみ、元に戻れなくなってしまいます。これが肘内障の正体です。

5歳未満のお子さまは輪状靭帯がやわらかく、骨にしっかり固定されていないため、この状態が起こりやすいのです。5歳を過ぎると輪状靭帯が厚く丈夫になり、はさみ込みはほとんど起こらなくなります。

よくあるきっかけ

受傷時の状況をご家族に尋ねると、典型的な「引っ張り動作」が確認できるのは全体の約40〜50%です。それ以外の場面でも発症します。

  • 手をつないでいて、転びそうになったとき引き上げた — 最も典型的なパターンです
  • 手や手首を持って持ち上げた、抱き上げた
  • 両手をつないでブランコのように振り回した
  • 服を着替えさせるときに腕を引っ張った
  • ぐずるお子さまの手を急に引いた
  • 転んで手をついた、肘を軽くぶつけた
  • 乳児期には、寝返りのときに腕を体の下に巻き込んで受傷することがあります

引っ張った保護者を責める必要はありません。ごく普通の育児場面で起こる外傷で、親の不注意や虐待とは関係ありません。

検査・診断

肘内障の診断は、問診と診察が中心です。典型的な受傷状況と特徴的な姿勢がそろえば、レントゲンなどの画像検査は必要ありません。肘内障で画像検査を受けたお子さまのうち、実際に骨折が見つかったのはわずか0.3%でした。

診察で確認すること

  • 受傷時の状況(手を引っ張ったかどうか)
  • 腕の保持姿勢(体の横に下げているか、前腕が回内位か)
  • 肘・上腕・前腕・手首・鎖骨の圧痛や腫れ、変形の有無
  • 前腕を回外させたときの痛み
  • 指先の血流や感覚、動き

レントゲン検査が必要な場合

以下のような場合には、骨折や脱臼との鑑別のためにレントゲン検査を行います。

  • 生後6か月未満で、寝返り時の受傷歴がはっきりしない
  • 高いところからの転落、直接の打撲など強い外力が加わった
  • 橈骨頭の周囲を超える腫れや変形、皮下出血がある
  • 上腕骨の下端や尺骨など、特定の骨の部分に圧痛がある
  • 5歳以上のお子さま(肘内障はまれな年齢層のため)
  • 整復を2〜3回試みても改善しない
レントゲン撮影のために肘を動かす過程で、はさまっていた靭帯が偶然外れて治ってしまうことがあります。撮影後に腕を普通に使えるようになっていれば、肘内障だったと診断できます。

治療

肘内障の治療は、整復(せいふく)と呼ばれる手技で靭帯のはさみ込みを元に戻す処置が中心です。クリニックの外来で短時間で行え、通常は麻酔も鎮痛薬も必要ありません。

整復の方法

医学的に広く用いられる整復法は2つあります。どちらも医師が手で優しく行う数秒の処置ですが、整復の瞬間にお子さまは一時的に痛がります。

  • 過回内法(ハイパープロネーション法) — 当院ではこちらを第一選択にしています。医師が肘を支えながら、前腕を内側に強くひねる方法です。初回成功率は90%以上と報告されています
  • 回外・屈曲法 — 医師が橈骨頭に指を添えながら、前腕を外側にひねって手のひらを上に向け、そのまま肘を深く曲げる方法です。初回成功率は70%程度で、過回内法より低いですが、こちらも有効な標準的手技です

整復がうまくいったときの反応

整復に成功すると、多くのお子さまは15〜20分以内に腕を普通に使えるようになります。整復時に「カクッ」という小さな手応えを医師が感じることがあります。おもちゃやお菓子に手を伸ばす様子で確認します。

泣き続けていても、しばらくすると痛みがなくなり、自然に腕を動かし始めることがほとんどです。

整復後の過ごし方

整復がうまくいった場合、特別な固定も安静も通院も必要ありません。その日からお風呂も入れ、普段どおりに過ごして構いません。

整復がうまくいかない場合

整復に反応するお子さまは約96%ですが、まれに20分以上経過しても腕を動かさないことがあります。このような場合は、以下のように対応します。

  • 骨折を見逃していないか、もう一度診察します
  • 必要に応じてレントゲン検査を行います
  • 骨折がなく整復も反応しない場合は、三角巾(スリング)で腕を固定し、鎮痛薬(アセトアミノフェンまたはイブプロフェン)で経過をみます。多くは2〜3日以内に自然に改善します
  • 2〜3日経っても腕を動かさない場合は、整形外科の専門医に紹介します
治療が遅れても、肘内障が長期的な後遺症を残すことはないと報告されています。焦らず、落ち着いて受診してください。

日常生活での注意点

肘内障は再発が多い外傷で、お子さまの27〜39%が2回以上経験するとされています。日々の関わり方を少し工夫するだけで、再発を予防できます。

  • 手や手首を急に引っ張らない — 最も大切な予防ポイントです。転びそうなときも、手ではなく脇の下や上腕を支えて引き上げてください
  • 抱き上げるときは両脇の下から — 片手や手首だけをつかんで持ち上げると受傷しやすくなります。必ず両脇の下をしっかり支えて抱き上げましょう
  • 両手を持って振り回さない — 「ブランコ遊び」のように手をつかんで体を振り回すと、肘内障の典型的な受傷機序になります
  • 着替えのときは袖を広げてから — 無理に腕を引っ張ると受傷しやすいので、袖口を広げてから腕を通してあげましょう
  • 手をつないで歩くときも注意を — 転びそうになった瞬間にとっさに手を引き上げると受傷します。交通量の多い場所では手首ではなく手のひら全体でしっかり握り、必要に応じて立ち止まりましょう
  • 家族や保育者にも共有を — 祖父母や保育園の先生など、お子さまと接する方々にも「手を強く引かない」ことを伝えておくと安心です
  • 5歳を過ぎればほぼ起こらなくなります — 輪状靭帯が丈夫になるため、成長とともに自然に起こりにくくなります

お子さまの場合

肘内障は小児に特有の外傷ですので、この項目は上記の内容と重なります。ここではご家族の不安に直結しやすいポイントを補足します。

  • 痛みは一瞬で消えます — 整復自体はお子さまにとって一時的に痛い処置ですが、成功すれば数分以内に本人もケロッとしておもちゃで遊び始めます
  • 何度繰り返しても心配ありません — 再発しても関節や骨に傷を残すことはありません。5歳までの「体質的な時期」と考えてください
  • 親の責任ではありません — ごくありふれた育児の場面で起こる外傷です。ご自分を責めないでください
  • 繰り返すお子さまはご家庭で整復できることもあります — 何度も受傷されるお子さまの保護者の方には、診察の際に整復手技を指導し、ご自宅で対応していただくこともあります。ただし、骨折との見分けに自信が持てる場合に限ります。不安な場合はいつでもご相談ください

よくあるご質問

Q. 整復は痛いですか?麻酔は必要ですか?

整復の瞬間は一時的に痛みを伴い、お子さまは泣くことが多いです。しかし処置は数秒で終わり、整復が成功すれば5〜10分以内に痛みは消え、腕も動かせるようになります。全身麻酔や局所麻酔、鎮痛薬の事前投与は通常必要ありません。

Q. 受傷からどのくらいで受診すればよいですか?

受傷後、お子さまが腕を動かさなくなった時点でなるべく早めに受診してください。ただし、肘内障自体は長時間放置しても後遺症は残りません。診療時間外であれば、翌朝の受診でも治療は可能です。ただし、腫れや変形、強い痛み、指先の色の変化などがある場合は、夜間でも救急医療機関を受診してください。

Q. 一度なったら、またなりますか?

はい、肘内障は再発しやすい外傷です。一度経験したお子さまの3割程度が再発すると報告されています。ただし、再発しても後遺症は残りません。5歳を過ぎれば輪状靭帯が丈夫になり、ほとんど起こらなくなります。

Q. 自分で治してもよいですか?

基本的には医療機関を受診してください。骨折との見分けが難しい場合があり、誤って整復を試みると悪化させてしまうことがあります。ただし、何度も再発されているお子さまの場合は、診察時に保護者の方へ手技を指導することがあります。

Q. 整復したあと、腕を固定したほうがよいですか?

いいえ、整復がうまくいけば三角巾や包帯での固定は必要ありません。その日からお風呂も入れ、普段どおりに腕を使って構いません。むしろ自然に使わせてあげることで、きちんと治っていることが確認できます。

Q. 骨折との見分けはつきますか?

典型的な受傷状況(手を引っ張った)と、腕をだらりと下げた姿勢、腫れや変形がない、特定の骨を押しても痛がらない、といった所見がそろえば肘内障と診断できます。逆に、腫れ・変形・皮下出血・強い圧痛のいずれかがあれば、骨折を疑ってレントゲン検査を行います。

当クリニックでの対応

高浜台内科小児科クリニックでは、肘内障の診断と整復治療に対応しています。

  • 問診と診察により肘内障を診断し、骨折の疑いがないことを確認します
  • 当院では成功率の高い過回内法を第一選択として整復を行います。必要に応じて回外・屈曲法も使用します
  • 整復後は院内でお子さまが腕を動かす様子を確認し、問題なければその日のうちに帰宅いただけます
  • 整復に反応しない場合や骨折が疑われる場合は、速やかに連携する整形外科へご紹介します
  • 繰り返し肘内障を起こされるお子さまには、受傷予防の指導や、ご家庭での対処法のアドバイスも行います

お子さまが急に腕を動かさなくなった場合は、無理に触らず診療時間内にご来院ください。夜間・休日で強い腫れや変形を伴う場合は、救急医療機関の受診をおすすめします。

この記事について

この記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。 症状がある場合は、医療機関を受診してください。

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